事例紹介
アースアイズ株式会社
アースアイズ株式会社は、代表取締役社長である山内三郎氏が2015年9月に創業した、人工知能(artificial intelligence:AI)を搭載したカメラ(AIカメラ)を活用した様々なソリューションを提供するIT企業です。現在は東京都港区に本社を構え、小売業向けの万引き防止システム「AIガードマン®」や、火災をいち早く発見して知らせる火の見櫓タイプの防災システム「火の見櫓AI®」を起点に、AIを用いて安心・安全を届けるためのソリューションを日夜生み出しています。同社では近年、特に発明やサービス名の権利化にも注力しているということで、特許権や商標権など知的財産権に関する戦略や今後の展望について、山内氏と、知財担当者である中西陽一郎弁理士にお話を伺いました。
「事件や事故を未然に防ぐ」をテーマに、
AIカメラを使って抑止効果の高いソリューションを提供
ーー御社ではAIカメラを活用したソリューションを主力商品としていますが、特に注力している分野について教えてください。
当社は「事件や事故を未然に防ぐ」というテーマを掲げております。警備員さんや警察官の方は、事件や事故を未然に防ぐために、よく使われる表現ですが「五感を研ぎ澄ませ」ています。それと同じようにして、五感とまではいきませんが、カメラにAIを搭載することで、研ぎ澄まされた人間の五感と同じことができれば、犯罪の抑止や事故の予防につながると考え、事件や事故、災害の防犯・予防・抑止を提供するソリューションの開発に特に力を入れています。
例えば当社の万引き防止システムは、AIカメラが、店舗内の通路上をジグザグに動くような、万引きをする人特有の不審な動きを検知し、それを店員に知らせる仕組みとなっています。知らせを受けた店員はその人物にお声がけします。そのお声がけだけで万引きをほぼ防ぐことができます。
実際に、当社の万引き防止システムを導入いただいたある企業様では、棚卸しの際に半年で320万円のロスが出ていましたが、導入後はロスが120万円にまで改善したという例があります。もちろん万引きを全て防いだわけではないと思っていますが、AIカメラが人物の不審な動きを検知し、店員がその人物にお声がけするだけで万引きを抑止できた効果が表れていると考えています。万引き犯を捕まえるのではなく、お声がけにより万引きを起こさないようにする点に、非常に高い価値があるのです。
防犯という点では、店舗内だけでなく、最近導入が増えているセルフレジでの万引きやスキャンミスの防止、また、これも最近増えている太陽光発電施設における盗難対策にも、AIカメラを使ったシステムを導入いただいています。過去には、ソーシャルディスタンスを検知するシステムでコロナ対策に一役買ったこともあります。さらに、人の動きという点で、要介護者の動きを検知することで介護支援システムに応用することができますし、人の動きの代わりにAIカメラが火を検知することで防火システムにも応用できます。AIカメラはその他にもいろいろなところに応用できる可能性を秘めています。
AIカメラと非接触型生体センサーの組合せによって、被介護者の異常な動作(転落、転倒等)と体調(心拍、呼吸数)の変化を自動的に検知する介護支援システムのデモンストレーション
当社は設立から9年になりますが、2017年には、映像部門では日本最大級のコンテストである「未来2017」のロボット・AI・IOT部門で最優秀賞を受賞したり、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクト「次世代人工知能・ロボット中核技術開発/次世代人工知能技術分野」の中で企画された第1回のAIコンテストにおいて、3D空間把握技術とAIによる自動監視技術を組み合わせた独自の「五感AIカメラ」で審査員特別賞を受賞した実績もあります。
ーーホームページには多様なアイデアをもとに、さまざまな業界をターゲットにした製品が掲載されています。主要顧客はどのような業界なのでしょうか。
万引き対策のソリューションが主力商品なので、小売業全般が主要顧客です。特に、大手スーパーやドラッグストア、ホームセンターのように、人手不足が深刻化していて、防犯まで手が回らないというところで当社のソリューションをお使いいただいています。
加えて、防災事業にも着手しており、防火に着目した「火災を発見するカメラ」を提供しています。
一般的なセンサー型の火災報知器は、温度が70℃付近に達すると火災を検知します。そのため、室内かつ天井が低いと有効ではあるのですが、少し天井が高い建物になるとかなり火が大きくならないと熱を検知できません。特に、工場は天井が非常に高いので、火の手が相当に広がってからでなければ従来のセンサーでは火災を検知しにくい傾向にあります。しかし、カメラは火からの距離に依存しません。性能にもよりますが、カメラは500メートル先の15センチの煙や火を映すこともできます。したがいまして、それが煙や火であることをAIが認識すれば火災を検知することができるわけです。当社ではそのようなAIカメラを使って視覚的に火災を発見するソリューションを提供しています。カメラを使っていますので、距離・面積・空間に依存しにくい検知体制を確立できます。一例をあげますと、清水建設さんが江東区に移設再建された「渋沢栄一邸」に当社のAIカメラが採用されています。文化遺産の保護にも貢献していると自負しています。
現代では、猛暑や大型の台風など災害が激化しているため、防災が非常に重要になってきていると感じており、今後は防災方面の事業を拡げていきたいと考えています。また、不審火に関しては、AIカメラで不審者を検知することで、未然に防ぐことも可能です。防犯・防災に限らず、さまざまな分野でAIカメラを使ったソリューションを提供できればと考えています。
ーー犯罪の予防・抑止を、なぜシステム化によって実現しようと考えたのでしょうか。
シンプルに、「システム化する」という手段が良いと感じたからです。
私は以前警備会社で万引き監視員をしていたことがあり、その経験から万引き犯に特有の動きを分析していましたが、それを警備に生かせればもっと万引きを減らせるのではないかと考えていました。また万引き防止に監視カメラが設置されていますが、カメラでは人が四六時中映像を見てチェックしていなければなりません。さきほどカメラの性能がよければ遠くのものでもなんでも映せるという話を出しましたが、それはあくまでもカメラの性能であって、当然のことながら、カメラは、映っているものについて、それが火であるか人であるかを判断できません。そこで、カメラにAIを搭載して監視できないかと考えたのがシステム化のきっかけです。カメラにAIを搭載すれば、AIが自分で判断できます。AIが正しい判断をして、それを人間に伝えることで、犯罪を未然に防ぐシステムができます。また、人はそれぞれ性格も経験も異なるため、警備員には個人差がありますが、AIは学習を重ねることでそれをカバーできます。AIが自分で判断する、それが当社の製品の強みであり、究極を言えば、人間が常に見張らなくても、あらゆる万引きを検知できると考えています。火災も同じです。
ーーAIの学習やモデルの構築も含めて製品開発は全て自社内で行われているのでしょうか。
はい。単にシステムを開発するだけでなく、AI学習も含めたアフターケアによって検知の品質向上に努めています。それも当社の強みです。
火災かどうかの判断は限りなく100%に近い必要がありますので、できる限り多くの映像をAIに学習させる必要があります。しかし、意外に思われるかもしれませんが、火災の映像は多くありません。そこで、CGを使って事務所内に火災を発生させるシミュレーションを行い、その映像を学習素材として使用することも行っています。
このように、当社が提供している「AIガードマン®」や「火の見櫓AI®」では、学習方法にも独自性を持って取り組んでいます。
当社は、今ある製品を提供するというよりも、お客様のニーズに合わせて製品システムを作り上げてゆくというスタイルを取っていますが、製品の開発途中においてはこうしたほうがよいという点が必ず出てきます。それを放置することなく改善していくことで、より進化した製品を生み出しています。カメラの映像は二次元画像ですので、奥行き方向の位置を把握することが苦手で、映っている人のうちどちらの人が手前にいるのか奥にいるのか、前後の位置関係を間違えて検知してしまうことが起こり得ます。そこで、カメラの映像を三次元データに変換して、座標として検知するシステムを開発しました。これにより、画像中の火や人の位置をより正確に検知することができるようになりました。
さらに、火については、検知するだけでなく、実際に消火することも検討しています。火災を検知すると、一般的には天井から一斉に水を撒くわけですが、そうすると火災に関係ないところまで水浸しになってしまいます。そこで、ピンポイントで火だけに水を撒くことができないかと考え、先ほどの三次元座標検知システムを使ってAIカメラで火元の座標を把握し、その地点に放水銃で水を放出して火災を自動で消化するシステムも開発しました。この構成については特許を取得しています。
サービス提供地域の広域化に伴って、
自社のアイデアを守るための知財戦略が重要になる
ーー御社では新しい技術を次々に開発していますが、特許に関して意識していることがあれば教えてください。
当社では、先ほどもお話しましたように「AIの基礎技術を生み出すこと」ではなく、「AIを活用したソリューションを提供すること」を重視しています。エンドユーザーの悩みを解決するためにAIを活用する中で新たな技術が生まれますので、お客様があってこその新技術だと思っています。一般的にはなんらかの基礎技術があって、その技術をどう応用していくのかを考えていくと思うのですが、当社では「お客様の悩みを解決するプロセスの中で新しい技術が生まれる」という流れになります。
しかし、そうであっても、当社が開発した新しい技術であることに変わりはありませんので、当社独自の技術として守っていきたいと思い、新たに開発した技術はできるだけ特許出願して権利を押さえる方向でいます。
ーー今後も積極的に特許を取得していきたいとお考えですか。
はい。今のところはこのまま増やしていきたいと思っています。特許取得には費用がかかりますが、やはり特許権は必要なものですので、費用対効果を高めることも考えながら進めていきたいです。
ーー海外についてはいかがですか。
今後海外展開することを考えていますが、特に、海外では新しいアイデアは真似されることを前提として、特許権を取得して自社の製品を守っていくことが重要だと考えています。当社の商品やサービスは、独自の技術を駆使して顧客毎にカスタマイズされた形で提供されることが多いので、他社は容易に真似できないはずなのですが、製品やサービスの提供体制が整う前に、先行して他社によってアイデアを特許出願されてしまう可能性があるので、そのような事態を回避するように、スピード感を持って進めています。
ーー商標について御社のお考えをお聞かせください。
特許はもちろん重要ですが、日本においては商標も重要だと感じています。商標からサービスモデルを具体的にイメージし、お客様に理解していただいたり、興味を持っていただくのはすごく大事です。商標についても知的財産の一環として、戦略的な権利取得を考えていきたいと思っています。
ーーAI二答流™やAI help you?などユニークなネーミングが特徴的ですが、社長が自ら考案されているのでしょうか。
はい。名前は「格好よすぎない」をテーマのひとつにしています。カタカナの名前は格好よく見えますが、私自身はカタカナは覚えにくいと思っており、それよりも印象に残る名前を意識しています。
ーー知財部門について教えてください。
つい最近知財部門を立ち上げたばかりで、現在知財担当者は中西弁理士1名です。今までは、私が知財担当者の立場で、特許事務所の弁理士に特許や商標の出願手続などをお願いしていました。知財部門はこれからの分野だと思っているので、将来を見据えて、10数年先に意味があったと思えるように土台作りに努めています。
ーー知財部門を立ち上げたきっかけはありますか。
今後海外も含め広く事業を展開する際に、知的財産が重要になってくると考えたからです。現状、日本国内では特許にまつわる係争はそれほど多くないと認識しています。しかし、今後海外展開を視野に入れた時に、当社の技術は応用技術的な側面が強いため、権利関係を明確に主張していかなければなりません。そのために、海外における知的財産権を明確にしておく必要があります。
今まで特許権や商標権を取得して自社の権利を守ることを考えてきましたが、自社だけのものとしようという考えはありません。今後もその考えは変わりませんが、海外において協力会社へ販売を依頼したり、共に開発を進める際、連携をスムーズに進めるために知的財産を戦略的に活用したいとも考えています。今後、国内・海外を問わずサービスを提供する地域が広がるほど、ライセンスや知的財産権が重要になってきますので、知的財産について戦略的に取り組みたいと考えています。
弁理士に自社の製品・サービスを理解した上で
広い視点からのアドバイスを貰えて、助かっている
ーー特許出願については、中西弁理士に相談しながら進めていると伺っています。弁理士が社内に入ることで感じたメリットがあれば教えてください。
当社はまだ小規模な会社なので、各社員がマルチで仕事をこなさなければなりません。中西弁理士は、弁理士として特許などの出願手続業務を行うのはもちろんですが、それに限らず、製品や商標の戦略的な部分も踏まえて広い視点を持って対応してくれるので、彼のアドバイスには助けられる面が多いです。
特に、当社の製品やサービスのこともよく理解した上で、当社にとって最も良い形で特許権や商標権を取得するための方法を考え、そのために動いてくれるので、次々と浮かんでくるアイデアを形にする上で大きな助けとなっています。
ーー将来的には知財部門の活動をさらに広げていきたいとお考えですか。
そうですね。当社は、AIカメラを全て自社で作っているわけではなく、カメラなどのハードウェアを他社から仕入れて、そこに当社が直接提供するサービスであるソフトウェアやAIを搭載して製品としています。これらソフトウェアやAIを管理する上で知財は重要な役割を果たすと考えています。また、今後ソフトウェアのライセンス契約を行う場合には、知財部門が一括して交渉や契約締結後の管理を行うことができます。管理を一元化できる点からも知財部門は必要であり、今後はその重要性が増すと感じています。
ーー中西弁理士にお聞きします。御社の知財部門に入られたことで変化はありましたか。
前職は特許事務所勤務で出願業務が中心でした。現在も出願業務はもちろん行いますが、そのほかにもいろいろなことに携わることができて、従来の出願業務だけを繰り返すことに比べて、仕事の幅が広がり、やりがいを感じています。
ーー最後に、御社が将来的に目指していきたい姿や、今後の展望があれば教えてください。
子供っぽい夢かもしれませんが、基本的には「世界に通用する組織を作りたい」と思っています。そういう意味では知財も踏まえて、当社のサービスを広げたいという気持ちは強いです。
個人的には「こころを救うAI」を目指しています。AIがどんなに進んでも、時代がどこまで進んでも人間の心が1番のポイントであり、社会においては、心を豊かにするためには何をどのようにすればよいのかという部分が重要になると思っています。人より何かを多く所有しているかではなく、豊かな心を持つためにAIを活用していけば世の中がよりよくなっていくと考えています。そのための技術を提供していきたいです。