事例紹介

Spiber株式会社

Spiber株式会社は、取締役兼代表執行役の関山和秀氏と菅原潤一氏が2007年に共同で創業したスタートアップ企業です。2004年に当時慶應義塾大学の学生だった両氏がクモの糸に含まれるタンパク質に着目し、山形県鶴岡市にある同大学の先端生命科学研究所で研究プロジェクトを立ち上げたことを機に実験を開始。現在はタンパク質を素材として、アパレルをはじめ自動車や化粧品、ウィッグ等、さまざまな分野のメーカーと共同で製品開発を行っています。そんな同社がどのような知財戦略を採っているのか、知的財産室担当執行役も務める菅原氏にお話を伺いました。

Spiber株式会社

アパレルブランドをはじめとする大手企業から関心が寄せられる
高い環境性能を誇る微生物発酵プロセスによるタンパク質素材「Brewed Protein™」を開発

ーー御社の持つ技術の特徴について教えてください。

当社は2007年に立ち上げた会社で、事業所は本日お越しいただいた山形県鶴岡市の本社研究所の他に、製造拠点としてタイとアメリカに子会社があり(アメリカは現在立ち上げ準備中)、加えて営業拠点としてパリに支店があります。4拠点全体で約300名の従業員を抱えています。

私たちは「タンパク質を素材として使いこなす」というビジョンを掲げ、そのための基盤となる技術開発を十数年続けてきました。タンパク質と聞くとお肉などの食品を想像する方も多いかも知れませんが、タンパク質は20種類のアミノ酸という低分子が鎖のように重合してできた高分子で、この20個の個性を持ったアミノ酸をブロックのように組み合わせることによって多種多様な形の素材を生み出せるのです。

例えば自然界では、優れた強靱性と伸縮性を持つクモの糸をはじめ、カシミヤやウール等の獣毛や、亀の甲羅(べっ甲)など、非常に機能性に優れたタンパク質素材を見つけることができます。しかし、動物にタンパク質を作らせると、飼育や回収等に多額のコストや環境負荷がかかります。1着のセーターに使われる約300gのカシミヤ繊維をヤギに作らせるには、1.2頭のヤギを1年間育てなければいけません。その間に大量の水、牧草地が必要ですし、近年はヤギなどの反芻動物のゲップに含まれる温室効果ガスの排出量も課題視されています。そこで私たちがたどり着いたのがタンパク質の微生物生産というアプローチでした。DNAを化学合成し、その中にタンパク質の設計情報を書き込んで微生物の細胞に組み込み、その微生物にタンパク質を作らせるという方法です。植物由来の原料を元に微生物発酵プロセスを通して製造した「Brewed Protein™」は、環境性能に優れます。

素材

ーーどのような環境性能があるのでしょうか。

たとえばBrewed Protein™ポリマーを紡糸したBrewed Protein™ファイバーとカシミヤの繊維を1kgずつ作るとき、Brewed Protein™ファイバーは、カシミヤに比べて温室効果ガスの排出量を79%、土地の利用を99%、水の使用量を97%、それぞれ削減できるとのライフサイクルアセスメントの結果が得られています。この環境性能の高さに、アウトドア系のアパレルブランドであるTHE NORTH FACEをはじめ、多くのアパレルブランドが大変興味を示してくださっています。

ーー世界的にも非常に注目を集めておられますが、今後はどのような展開をお考えでしょうか。

今はアパレルの分野でこの素材を使っていただくべく、研究開発や事業開発に力を入れています。
2023年、微生物分解できる素材だけを使用したものづくりを目指す「バイオスフィア・サーキュレーションプロジェクト」を立ち上げ、共通ルールを作るためアパレルブランドへの呼びかけを始めました。微生物分解できる素材だけで衣服を作れば、使い終わっても素材を微生物分解して原料として繰り返しリユースすることができますし、リユースできなくなったものは最終的に土に還すこともできます。こうして、アパレル産業をよりサスティナブルな形に近づけていくことに貢献したいと考えています。

また、今後も研究開発を続け、今よりもさらに環境性能やコストパフォーマンスを高めて行き、自動車や化粧品、ウィッグなどをはじめさまざまな分野の産業に素材を提供して行ければと考えています。

説明する人

積極的に特許を出願して独創的なアイデアや技術を保護しつつ、
協業企業とはパテントコンソーシアムを組織して知的財産を共有

ーー御社の知的財産の管理体制について教えてください。

知的財産室を立ち上げ、現在私を含めて8名が所属しています。創業当初から「スタートアップは知的財産を守ることが重要だ」との思いはありましたが、当時はそのための知見もノウハウもありませんでした。そこで特許や商標のエキスパートを採用し、チームを作って管理体制を強化しようと知的財産室を立ち上げました。もちろん、社外の弁理士事務所にもお世話になっています。社内の知財メンバーが研究開発部門から発明を発掘し、それを弁理士事務所と連携して特許出願する流れができています。

特許出願をすると情報を開示してしまうことになるため、最初の頃は出願には非常に慎重になっていました。今でもそのバランスの取り方は非常に悩むところです。しかし、他社がいずれ到達し得る技術については先に出願すべきであるとの判断から、大型の資金調達ができたタイミングで、一部の技術については積極的に特許出願を進めました。

一方、アイデアを全て出願しているわけではありません。今、当社の研究開発設備には約2,000種類の設備がありますが、そのうち約800種類が自分たちの独創的なアイデアや技術を盛り込んで自作したり改造した装置です。たとえば、多種多様なタンパク質を作るときの肝になるDNA合成の工程に関しても独力でDNA合成法の技術開発を行い、その知見を装置に落とし込んでいます。また、タンパク質は特殊なポリマーであるため、紡糸装置の開発も自分たちで行いました。こうした装置にも多くの発明の要素が含まれていると認識しています。特許で技術を守る一方で、クローズドにしてノウハウ化しているものも多数あります。

ーーさまざまなメーカーと共同で製品開発をされていますが、どのように知的財産を守っているのでしょうか。

他社と共同で製品開発をするときは、私たちが独自に開発した繊維素材を提供しつつ、テキスタイル(織物)等の加工品については共同で開発し、共同で特許出願するというのがここ数年の基本的な流れになっています。こうした素材の二次加工以降の工程で、他社と共同で創出された技術特許をプールしていくようなパテントコンソーシアムを構築し、その会員企業になっていただくことによって会員企業間で知的財産をシェアできる枠組みを作っています。

インタビュー様子

ーー海外にも特許を多く出願されていますが、海外における知財戦略はどのように考えていらっしゃいますか。

今後はグローバルな販路拡大を計画していますが、製造技術については製造国になりうる国で出願し、最終製品の技術についてはマーケットになりうる国で出願する、というのが基本的な考え方です。

ーーそれぞれどのような国が候補になるのでしょうか。

製造国になりうる国については、原料である糖が資源として豊富な国が挙げられます。当社の海外製造拠点がタイとアメリカにありますが、タイにはキャッサバやサトウキビなどがあり、アメリカはトウモロコシなどがあります。そうした糖資源の豊富な国がまず出願先の候補になり得ます。マーケットになりうる国はアプリケーションにより異なります。例えばカシミヤやウールといった獣毛を代替する製品であれば北米、ヨーロッパ、中国、日本をはじめとする先進国、かつ北半球の国が候補となると考えています。

ビジュアル

ーー御社は商標も出願されていますが、商標に関する考え方もお聞かせください。

Spiber™というコーポレート商標やBrewed Protein™という素材商標にきちんとブランド価値をつけていくことが重要だと考えています。今後はBrewed Protein™素材を使った製品の商標や、そこから派生した素材の商標など、ブランドを守るための商標も押えていきたいと考えています。

顧問弁理士に技術だけでなくビジネスも深く理解してもらい、質の高い特許出願を実現

ーー弁理士の知見やノウハウを活用するメリットについて、どう思われますか?

法改正等によって特許として認められやすいもの・認められにくいものが移り変わるので、そうした時流を読みながら自分たちの狙いを、特許出願の際に提出する明細書(※発明の内容を詳細に説明する書面)に落とし込んでもらえることがメリットだと感じています。クレーム(※発明の権利範囲を定める部分、特許請求の範囲ともいいます)の設計の仕方は本当に経験とテクニックが必要です。私たちには「こういう技術を持っていて、こういうビジネスを狙っていて、こういう範囲で特許を取りたい」という要望があるのですが、それをいかに明細書に落とし込み、どうクレームを設計するのかについては素人判断すべきではないと考え、弁理士さんと打合せを重ねながら、まさに二人三脚で作り上げています。

弁理士さんが書かれる明細書はいつも勉強になります。「それを書いておいたおかげで、審査時に通知された拒絶理由に対して、適切な応答を行うことができ、権利化できた」ということが過去に何回もありました。

ーー弁理士とは具体的にどのようなやり取りをされているのですか。

特許を出願するための明細書は、最終的な事業戦略が見えていなければ非常に書きにくいと思うので、弁理士さんとは普段から密にコミュニケーションを取り、時には鶴岡に来て研究開発の実態をみていただき、技術や事業への理解を深めていただいています。本当に有難いことです。どういう事業を狙っていて、どういう特許を取りたいのかまで深く理解してもらうことで質の高い特許出願が実現できるので、今後もさらに連携を強めて行ければと思っています。

ーー今後、弁理士に期待されること、要望されることはありますか。

既に大きな価値をご提供いただいていると思っているので、要望というほどのものではないのですが、近年テキストマイニングやAIの技術発展は目覚ましく、特許や商標業務が大きく変わる可能性を感じています。既に注目されている分野かと思いますが、AIに適切な先行文献を抽出させそれに基づきクレームを設計したり、他社特許の権利範囲を縮小化する引例を高精度に検索するなど、特許・商標に特化した最先端のAI技術を開発したり、それを弁理士の皆様のツールとして使いこなす時代がくれば、日本の知的財産の価値がいまよりもっと高まるのかもしれません。

ーーお話を伺いながら、顧客の知的財産をお守りするためには技術を理解することはもちろんのこと、ビジネスも深く理解する必要があるのだと改めて実感いたしました。
お忙しい中取材にご対応いただき、ありがとうございました。

取材を受けてくれた皆様